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テニスウォッチャーから     プレイヤーへの道程

sabumasa

テニス日本発祥の地へ

昨日、横浜に用事があったのですが、それに合わせて兼ねてから行きたいと思っていた横浜山手・テニス発祥記念館に行って来ました。

1859年に日本が開国、横浜港が開港し、多くの外国人が居留していたこの町にローンテニス(狭義的には芝テニスのことですが、同時に現代テニスのことも指します)が持ち込まれたのが1876年。イギリスでローンテニスが始まってから2年後のことだそうです。
その2年後に日本で初めてのテニスクラブ「レディース ローン テニス アンド クロッケークラブ」が設立。それがこの施設の目の前にあるテニスコートだったのです。
当時はコートが長方形ではなく、ネット側を上辺にした台形が2つくっついている形をしていて、ネットも今よりもずっと高さがあったのだそう。もちろんそんな面影は今は残っていないのだけど、そのクラブの流れをくむテニスクラブはその5面で活動が行われていて、後に建てられた石碑がありました。






記念館には、当時テニスを嗜んでいた上流階級の人たちのテニス用の衣装、ボールやラケットだけでなくネットも合わせてカバンに入って売られていたというテニスセット、完全な木製で持ってるだけで重そうなラケットなどの展示、写真、当時の雑誌に掲載されたイラストなどが掲示されています。


  窓はこんな感じ。



なぜか女性の衣装の変遷が妙に分かる内容で、当時は普通に足元まであるひらひらドレスを少し上に吊り上げて長袖、そしてつばつき帽子という全く運動にはふさわしくない格好だったのが、その袖が短くなり、スカートが簡素になり、半袖になり・・・といった移り変わりが展示から分かります。

競技としてのテニスを確立させた選手のひとりであるフランスのスザンヌ・ランラン(1899年-1938年)が、短いスカートにノースリーブ、頭には帽子ではなくバンダナといういでたちでウィンブルドンのコートに現れた時、観客を騒然とさせたなんていうから、当初はテニスが一部の裕福な人がたしなむ“球うち遊び”として存在していたということが伺えて、なかなか興味深い内容でした。




スザンヌ・ランラン
これでも充分やりにくいと思うんですがね・・・


この施設は日本初の洋式公園であるという山手公園の一角にあって、横浜山手町エリアの中でもひときわ高いところにあり、雰囲気もとてもよかったです。
これから外に出るのも気持ちよい季節になるし、興味のある方は山手散歩のついでにでもいかがでしょう?



横浜山手・テニス発祥記念館
http://www.city.yokohama.jp/me/kankyou/park/yamate/te-1.html



日記 | 投稿者 sabumasa 21:30 | コメント(2) | トラックバック(0)
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